「届いたか?」
「ありがとう先生」
きちんと両手から短冊が消えたのを確認してから、抱えていた蛙吹をそっと下へとおろした。
蛙吹は高いところにつけられた自身の短冊を見て、ニコニコしている。
ふと、何を願ったのが気になってしまった。
「……なんて書いたんだ?」
教えてくれない気がするな、と思いつつもたずねずには居られなくて、そう口にしたてみたが。
「ふふ、内緒よ」
やはり、蛙吹はいつもの指をくちに近づける仕草をしてニコニコと笑うだけだった。
まあ、教えると叶わないとも言うしな。
そうか、とだけ返事を返してそれで会話は途切れた。
七夕祭りと称した、まあただの夏祭りに二人で来ている。
蛙吹と付き合い始めたのは卒業式丁度だったから、まだ付き合いたて4ヶ月ほどで蜜月、と言って良いはずだが、
お互い淡白なこともあって割と平坦にお付き合いは進んでいる。
それでもちゃんと、自身のなかに蛙吹を可愛いな、と思う瞬間は確かにあって、
ああ俺にも人並みな感情はあったのだなあと一人で感慨深くなったりする。
蛙吹は、学生時代もそうだったが、言いたいこと直ぐ言っちゃうの、という割りに、我侭とかを言うことはなかった。
それは付き合ってからも代わりなく、俺の都合を考えてか、おうちでまったりデートが大半だった。
蛙吹はそれだけで幸せだと笑っていたが、さすがの俺も申し訳ないとは思っていた。
そんなときに二人で夕飯の買い物をしていた帰り、この祭りの張り紙をみたのだった。
足をとめてじっとみてる蛙吹にさすがの俺も察しがつく。
「……これ行くか?」
そう声をかけると、いいの?と行った感じで大きな目がパチパチと此方を見上げてくる。
うーん、とても可愛い。贔屓目にみなくても、可愛い。
二十歳までは手を出さないつもりだったが、そうそうに限界かもしれないなと、頭の片隅で思いつつ。
「別に、休みの日だし、かまわねえよ」
言いながら、蛙吹のさらさらの髪をなでる。
頭をぽんぽんとなでるのは、蛙吹が学生時代だった頃からの癖だ。
別に当時も子供扱いしてるわけではなかったが。
今では、可愛い彼女をちょっとでも触りたい、てだけの欲望のぽんぽんになりはててている。蛙吹が気付いてないのが幸いだ。
それでも蛙吹はそのぽんぽんを嬉しそうに笑いながらケロケロという声で答える。
「とっても嬉しいわ、先生。浴衣きてくるわ」
「そりゃあ楽しみだ」
めずらしくはしゃぐ蛙吹に此方の心もほっと光がともるようにあたたかくなった。
「私、先生の浴衣姿もみてみたいわ。駄目かしら」
それは大変めずらしい蛙吹の我侭であり。
普段面倒くさがりの俺でも、此方を伺いながら可愛らしい顔で見つめてくる蛙吹をみみていたら
その願いをかなえてやりたくなっても仕方がないことだった。
「…………あー…浴衣があればな…」
気がむかないなあという体で足をススメながらそんな風に誤魔化したが、
脳内ではどこに浴衣をしまったか必死に検索をしていたのだった。
「先生、大丈夫?人酔いしたかしら?」
ふと気付けば蛙吹が心配そうに此方を見上げている。
少しぼーっとしすぎたようだ。ここでお前にみとれていたんだよ、てきなことをいえる性格だったら
どんなに良いだろうとも思うが、おそらくそんな俺では蛙吹は好きにならない気もしした。
「大丈夫だ。すまん。気が抜けてた。蛙吹こそ大丈夫か?疲れてないか?」
「私は大丈夫よ。とても楽しいわ」
ケロケロ、と喉を鳴らしながら言う笑顔がとても愛おしくて可愛い。
―――――ああ、だきしめてえなあ。
それはふってわいた自然な感情だった。
さすがにここでは目立つなあと冷静な自分が告げるので、そっと蛙吹の手を握る。
「せんせい?」
「ん?少しあっちいくぞ」
指差した先は、小さな神社がある、お祭りの賑わいが少し遠くなるところ。
人気がなくて、人目につかないところを見つけるのが得意な自分でよかったな、などと
どうでもいいことを思いながら、薄暗がりへ蛙吹の手を引く。
「せんせい?」
何も疑うことのない、純粋な信頼の目。
たまにそれを踏み荒らしたい凶悪な男としての感情もわいてきたりしないでもなかったが、
相手を傷つけるだけの激情を処す術は年齢や職業の関係もあって既に心得ている。
だから、蛙吹を傷つけるようなことが出来る自分じゃなくて、本当に良かったと自分でもおもう。
不思議そうな顔の蛙吹に、小さく笑いかける。
「抱きしめても平気か?」
そう尋ねれば、おおきな目が更に開かれる。
でもすぐに、ちょっとだけ不満そうな顔になった。
そんな顔もかわいいなあ、と思ってしまうから、本当に俺は重症だ。
「別に聞かなくても平気なのに」
そうポツリというと蛙吹は自分から、俺の腕の中へ飛び込んできた。
可愛くて小さな俺の彼女を、優しく、けれど離す気は更々ない、という気持ちをこめて
ぎゅうっと抱きしめる。
「……そうか。悪かった」
そうささやくように告げると、ケロケロと蛙吹は嬉しそうに返事をした。
+++
ふふ、先生、私のお願い事はね。
―――先生が早く私に手を出してくれますように、だったのよ。
もう叶ってしまったわ。
来年は織姫と彦星にお礼の短冊をかかなきゃ。
***
ワンドロお題「七夕」でした。